無料電話相談スタッフの自己紹介をしていこうと思います。私は、週に一回程度電話番を担当させてもらっています。
私がこちらでボランティアするにあたってはそのきっかけがあり、それはもう20年近くも前の話になりますが、アメリカ留学中に摂食障害という病を患い、現地で大変に電話ボランティアスタッフさんにお世話になったという経緯があるのです。
悩み、苦しみ、悲しみにおちいるのは、私だけではありません。あなたも、みんな、人間誰しも。そうして、そういう時を乗り越えていくのに、どうしても同じ人間の手助けが必要なのです。
これは誰もがいっしょ、同じこと、いわゆる「人間の本質」なのです。
日本人には、どうやらこの「人間の本質」というものにうとい人が多いのでは、と実は私は感じています。
渡米する前からよく耳していたことがあるのですが、それは、アメリカ人はボランティア精神に富んでいると。
実際どうだったかと言うと、やはりそのようで、助け合いの精神を当たり前のように持ち合わせ、困っている人に手を差し伸べることは、現地の人たちにとって何ら特別なことではなく、いつも仲間を思いやっているような、常に"Help me!" "All right!" 軽くやりとりされていたような印象が。
日本人のように「人の助けを借りる」ことにこだわりがある人があまり居なかったように記憶しています。
今どうでしょう、身近に気兼ねなく何でも相談できる人ってどのくらいいますか? 確実に横のつながりが希薄になっているとは、思いませんか?
また、悩みを抱えることに対しても自然というか、顔で笑って心で泣くようなところがないのもアメリカ人の特徴でしょうか。
「心の問題」に関する偏見も、格段に少ない。というか、日本人の偏見は一種異様かもしれません。
おそらく、ここでこのようなログを残すこと自体、興味の対象になるでしょう。日本では。
アメリカでは違います。まあずいぶん前のことにはなりますが、大学にはカウンセリングセンターがあり、学生は勉強の問題はもちろん、家庭のこと、恋のこと、何でもそのカウンセリングセンターに堂々と持ち運んでいました。そこは特別な場所でも、閉鎖的な、秘密の場所でも何でもない、学生食堂、カフェテリアがある棟のてっぺんにある部屋で、カウンセラーの趣味で飾られた居心地のよい普通の部屋でした。オープンなスペースで、時にはドアが開けっ放して、相談者の顔が見えることさえありましたが、学生たちはさして気にせず自分の話をしていました。泣きはらした顔を真っ赤にしながら、2人の問題を何とか解決していようとしていたそんなカップルを目にしたこともあります。
私のような摂食障害を経て、回復した人を「リカバリー」と呼びますが、病院のドクター、セラピスト、ナースたち、みんな「私はアルカホーリック(アルコール中毒)・リカバリーだ」等々正々堂々と、自分が過去に患った病気について語ります。それは何もその人たちをおとしめる材料にならないから。心の病を患うのは、風邪や虫歯とどこが違うのか? きっと、日本人の偏見について話をすれば、彼らからはそんなことばが出てくるだろうと思います。彼らは人間の本質を自然に学んでいるのです。
私が心の病をきっかけに、人の心と身体、精神性について探求するようになり、くしくも「占術」を通して、「人間の本質」について学ぶに至ります。そうこうする中で、かつて自分が助けていただいた学校カウンセラーや摂食障害の支援団体のボランティアスタッフさんたちと同じように、ここで同じようにどなたかの話を聞いて差し上げられたら、その時その時のアドバイスをさせていただけたら、少しでも心穏やかになっていただければ、そんな思いでここにおります。
みんな、人間はいっしょです。肌の色がどうだろうと、職業が何だろうと、男だろうと女だろうと、太っていようとやせていようと、何が嫌いで何が好きでも、人は人。同じ人同士、手をつなげる何かを持ち合わせているはずです。気軽にご利用いただければと、思います。